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商標登録できそうでもオススメしない場合

<新着コラム> 2019年5月23日 by 永露祥生

依頼人が、商標登録の可否を弁理士に相談すると、「登録できそう」または「登録は難しそう」といった見解を示してくれるかと思います。

商標実務の経験を積んだ弁理士であれば、そこに至る経緯についても、ある程度予測することが可能です。たとえば、「審査ではおそらく引っかかるが、意見書の提出で登録できるだろう」、「審査ではまず引っかかり、意見書では登録できないと思われるが、拒絶査定不服審判まで争えば登録できるだろう」、「審査ではまず引っかかり、意見書では登録できないと思われる。拒絶査定不服審判まで争っても、登録できる可能性は〇割くらいだろう。」といった具合です。

あなたの依頼する弁理士は、このような詳細なコメントをしてくれていますか?
単に、「登録できそうかどうか」だけなら、どんな弁理士でも答えられます。

上記のように詳細な経緯まで予測したコメントができるかどうか。
このあたりが、「商標専門」の商標弁理士と一般的な弁理士の違いだと思います。


商標登録出願をオススメしない場合があるのはなぜか?

さて、話が少し本題から脱線してしまいました。

当職も、商標調査の依頼や商標登録の相談があった際、たとえば、「審査ではまず引っかかり、意見書では登録できないと思われるが、拒絶査定不服審判まで争えば登録できるだろう」といった見解を示すことがあります。依頼人は、最終的には商標登録できそうだということで、ほっとすることも多いようです。しかし、このまま商標登録出願をおすすめするかと言えば、ケースバイケースとなります

もちろん、すでに数年使っているような商標であれば、「登録できるように、一緒にがんばりましょう!」という話になります。商標登録をあえてしない理由などないからです。むしろ、ほとんどの場合は、なにがなんでも登録すべきという方向になります。

一方で、まだ使用を開始しておらず、これからでも変更が間に合うようであれば、たとえ登録可能性が見込めても、当職は商標の再考をおすすめする場合があります。

その理由は、依頼人の立場に立って、以下の点を考慮してのものです。

1.費用が余計にかかる点

最終的に登録ができそうでも、意見書の提出や拒絶査定不服審判の請求が予測されるのであれば、かなりの出費が見込まれることになります。

意見書の場合は(けっして安くはない)代理人費用だけで済みますが、拒絶査定不服審判の請求は印紙代だけでも最低55,000円がかかります。資力のある大企業でもないかぎり、「できるだけお金をかけたくない」というのが依頼人の本心でしょう。

ここまでの費用をかけて、本当に商標登録を必要とする商標であるかを、出願前にじっくり検討すべきでしょう。まだ考案段階であれば、変更するのも賢明です。これだけの費用をかけるなら、他に1、2件の商標登録ができるということもあるからです。

2.時間が余計にかかる点

審査結果(拒絶理由通知)が出るまでには、通常9か月程度かかっています。
(最近では、さらに時間がかかるケースも増えているようです。)

審査で引っかかって意見書を提出した場合、再審査の結果が出るまでには5~6か月程度かかります。拒絶査定不服審判を請求した場合、審決が出るまでに1年程度かかることもあります。
これらの手続を経れば、当然、それだけ登録完了までの時間がかかることになります。

したがって、最終的に登録ができそうでも、これらの手続を経ることが必要であれば、トータルすると商標登録までに2年以上かかってしまうことも考えられるのです。それまでは、その商標は保護されないわけですし、2年も経てば事業の状況が変わっていることも少なくないでしょう。

ここまでの時間をかけて商標登録をするメリット・デメリットを、出願前に検討しておくべきでしょう。

3.登録後のトラブル発生の可能性

当職が、もっとも大きな理由と考えるのがこちらです。

現在の商標実務においては、「他社の登録商標とかなり似ているけれど、拒絶査定不服審判では非類似と判断されて、商標登録が認められる」ケースが少なくありません。上述の「審査ではまず引っかかり、意見書では登録できないと思われるが、拒絶査定不服審判まで争えば登録できるだろう」という見解の商標が、これに当てはまることも多々あります。

さて、このような商標をがんばって商標登録した場合、「登録できてよかったな~、メデタシメデタシ」で、はたして終わるでしょうか?

面白くないのは、自社の商標とかなり似ている商標を登録されてしまった他社です。
「特許庁が似ていないと判断したのだから仕方ない」と納得してくれれば問題ありませんが、多くの場合はおそらく「納得できない。なんとかして登録を潰せないだろうか」という発想になるでしょう。特に、商品・サービスが競合していたり、そのまま放置すると需要者が商標を間違えるリスクが考えられれば、相手方の本気度はかなり高いものになります。

そうすると、異議申立てや無効審判を立て続けに受ける可能性が高まります。
最悪の場合、裁判(審決取消訴訟)まで提起される可能性もあるでしょう。

異議申立てはともかく、無効審判や審決取消訴訟を起こされると、対応は大変です。
もちろん、費用も、時間も、労力も、相当にかかります。
なまじ商標登録をしたばかりに、ひどい目に遭った」ということになりかねません。
規模の小さい中小企業や個人事業主は、特に気を付ける必要があります。

相手が資力や体力のある大企業であれば、とことん追い詰められるかもしれません。
結局、「登録の是非を争うことで消耗してしまい、事業どころでなくなった」なんてことになったら、商標登録など本末転倒でしょう。

弁理士には、登録が難しい商標を登録に導くことを喜びとしている者もいます。
(私自身も、かつてはそうでしたし、今もそういう面があるのも否定できません。)
たしかに、これもある程度の手腕がなければ難しいことです。
しかし、依頼人の立場に立ち、このようなトラブルが生じ得るリスクも予測した上で、商標登録出願を進めるかをアドバイスすることも、われわれ商標弁理士の大切な仕事ではないかと現在は考えています。

なお、当然ですが、他人が未だ商標登録していないのをいいことに、その他人の事業を妨害したり、高額での買取を迫ったりすることを目的として商標登録をすることも、モラルの観点からオススメいたしません。


おわりに

依頼人の希望する商標登録を成功させることは、われわれ弁理士の任務です。
しかし、「商標登録ができさえすればよい」というわけではないはずです。
ここを勘違いしている(経験の浅い)弁理士が多いように思います。

依頼人が望むこと。
もちろん、商標登録をして商標権を活用することも一つでしょう。
ですが、それ以上に望むことは、事業で安心・安全に商標を使うことができ、できるだけ余計なトラブルに巻き込まれないことではないでしょうか。
商標登録とは本来、そのための手段の一つであるはずです。

それが逆に、商標登録をしたばかりに余計なトラブルに巻き込まれることが増えてしまっては本末転倒でしょう。そのようなリスキーな商標登録は、大企業でもないかぎり基本的にしてはいけないのです。

「依頼人の立場に立って」とはよく聞くワードですが、商標登録においては、このような点まで考慮してアドバイスができてこそ、始めて言えるのではないかと思います。商標登録をあえてオススメしないのは、弁理士自身もみずから仕事を減らすことではありますが、その理由をご理解いただいた依頼人との信頼関係は、より強固なものになると信じております。